広島大学医学部歯学部ラグビー部
平成9年の西医体

1997年の西医体 平成12年卒 三木大樹

 結果から言えば、2回戦敗退。神戸大学(この年は3位であったと記憶しています)に完敗でした。その試合では、どのプレーヤーも自分の力を出すことが出来たと考えていますが、それだけでは埋まることのない力量の差を感じました。西医体は負けたら終わりの一発勝負であり、その試合ごとに最高の気合とプレーを出すことが大変重要です。しかし、よく言われるように、そこに行って何をするかではなく、そこに行くまでの一年間(もっと言えば、ラグビー部に入ってから自分がジャージを着て西医体のグラウンドに立っまで)に、何をしてきたかで勝敗は決します。その点から言えば、前年優勝という結果を受けて、同じチームを自分が主将として率いてきた一年間は、相手チームのそれに及んでいなかったのでしょう。細かい点を挙げていけばきりがありませんが、っまりはそういうことであったのだろうと今は思います。また、久留米大学との一回戦はその内容はともかくとして勝つことが出来て嬉しかったです。同点で抽選となり、結果的にもう一試合チャンスを与えられたことはとてもラッキーでした。翌年以後も自分は他のプレーヤー(主に医学科保健学科の後輩達)のお陰で、二年間楽しくプレーすることが出来ました。そして引退してからも2年間が過ぎようとしています。正直に言って、あの年のことに関しては、それ以後余り思い出すことをしなかったこともあり、個々のプレーに関する記憶は薄れつつありますが、やはり1997年の写真やビデオを見ていると、とても暑い西医体のグラウンド、同様に熱かった胸の中が次々によみがえってきます。納得のいっている部分、遂げられなかった思い、それぞれが混在しており、まだ自分の中で十分には整理がついていません。

 以上、西医体について、現役時代同様に気持ちばかり先走り、まとまりのない長ったらしい話になりましたが、ご容赦ください。ここでは述べませんが、思い出としては、自分が主将であった年だけでなく、入部した年から引退する年まで、西医体以外にも県リーグ、中国医科、セブンス、その他の練習試合、普段の練習、遠征した時にみんなと色々楽しんだこと、などなど、すごくたくさんありました。お世話になった、川崎先生、丸尾コーチ、寺岡コーチ、諸先輩方、同級生、後輩達、マネージャーさん達、本当に有難うございました。大学でラグビーをやって本当に良かったと、今、思っています。最後に、これからの現役部員たちへ、「完全燃焼」して頑張れ!!